自他の区別という概念は「他人から自由に離れる権利」があって初めて実感を持てる概念ではないかと思う

人間関係がある状態が絶対正義という価値観しかない環境だったら理解できないと思う
友達作りを絶対的に推奨する学校システムだったり恋愛でもなんでも人間関係がある状態が絶対的な正義として機能する環境しか知らなかったら、「自分と他人の区別が付いてない状態の方が当たり前」になるのではないかと私は思ってる。
「人間関係がない状態は絶対悪ではない」という発想を持てないから自他の区別がある状態がピンと来ないのではないかと私は推測してる。

本の学校は他人から自由に離れる権利がないから自他の区別が身に付かないと思う
少なくとも自分は中学生のときはみんなが部活をやってるから自分も部活をすることになったし高校も部活を推奨してる雰囲気だったし、「大人同士の人間関係だったら何度も勧誘したらしつこいと見なされることでも学校という特殊な空間だからOKだった(学校の外で大人同士の関係だったら営業でも宗教でもしつこい勧誘はアウトの可能性高いのに)」というのは今思うとあると私は思ってる。

「学校システムが教師・生徒と生徒・生徒の関係で自他の境界線をぐちゃぐちゃにして自分と他人の区別を認識させないようにしてる」要素はあると私は思ってる。