一般論は平均値に合わせて作られてるのではないかと思う

※一般論について、自分が思ってることを書いてるので、本記事を読む方はご注意ください

 

一般論は平均値に合わせて作られてるから、当てはまらない人がいるのではないかと思う

一般論は平均値に合わせて作られてるから、当てはまらない人がいるのではないかと自分は考えていて、平均より能力が高い人の場合は一般的には難しいことでも成立するから、一般論が当てはまらないケースがあるのだと私は思ってる。

「ケントゥリア」アルコスとジーラについて

※「ケントゥリア」のネタバレを含む、自分の解釈があるので、本記事を読む方はご注意ください

 

アルコスとジーラは理性が強い関係ではないかと思う

おまけマンガの描写から自分が感じたことだけど、初対面以降のアルコスとジーラは特別に浮かれたりしなさそうで(状況と矛盾してるかもしれないけど)、アルコスとジーラは淡々と日常が過ぎて行ってお別れだったのかと思う。

「荒川アンダーザブリッジ」の世界観について

※「荒川アンダーザブリッジ」4巻までについて、自分が思ってることを書いてるので、本記事を読む方はご注意ください

 

主人公以外の人の電波設定は、愛されの世界だからではないかと思う

リク以外の星や人が「電波」設定となってるのは、愛されの世界だからではないかと自分は感じて、「荒川アンダーザブリッジ」の本来の構図は、ニノが主体的にリクと関わりたい物語だと私は思ってる。

ステラが大人になりたがってるのは、何かやりたいことがあるというより、愛されたいからのように自分には見える。

「はしたないかしら?」について

※「はしたないかしら?」「仕方ない縁談」のネタバレを含む、自分が思ってることを書いてるので、本記事を読む方はご注意ください

 

女性が欲望を認める構図なのが面白いと思う

物語の後半で円華が自分に欲望があることを認めるのは、比較になるけど「仕方ない縁談」のように、「隠蔽されたまま終わる(少しだけ描写がある)」こともあるから珍しいと私は思ってる。

「仕方ない縁談」は「はしたないかしら?」より、主人公が幼いからかもしれないけど。

「生贄ちゃん生還せよ」について

※「生贄ちゃん生還せよ」のネタバレを含む、自分の解釈があるので、本記事を読む方はご注意ください

 

女性の性規範である「全てを受け入れる」と戦う物語ではないかと思う

「生贄ちゃん生還せよ」は女性の性規範の矛盾に気付く物語ではないかと私は思ってる。

女性の性規範にある愛想の良さ・気遣いは突き詰めると、「全てを受け入れる」ことが根本にあると自分は考えていて(だから「性格悪い」が最大の罪となる)、物語の後半でちよこが村祭りの像を燃やし倫花が村の車を運転して村を脱出するのは、理不尽な世界を受け入れないために自分の能力を発揮して生きる、ということだと私は思ってる。

「二月に殺して桜に埋める」7話について

※「二月に殺して桜に埋める」7話のネタバレを含む、自分の解釈があるので、本記事を読む方はご注意ください。

 

桜と本井先生は物語の深層では同一人物ではないかと思う

7話目だけで自分が感じたことだけど、桜と本井先生は物語の深層では同一人物のように見える。

本井先生の心境の変化が描かれてることで、桜と本井先生が同じ土俵に立つことが可能となって、もし2人の立場が入れ替わったとしても、物語の根幹は揺らがないのではないかと私は思ってる。

自分でも変な読み方だと思うけど、女性である桜にパートナーの妊娠が発覚して、今年で受験を決めなければいけないみたいな。

S型の原動力は不安ではないかと思う

※S型について、若干ネガティブなことを書いてるので、本記事を読む方はご注意ください

 

S型ムーブの根本的な原因は不安ではないかと思う

普通の人生をどうしても実現したい等の、S型ムーブをしたくなる原因は「不安から」だと自分は考えていて、普通になりたいと思うのはポジティブよりネガティブなことに由来してるから、普通から逆算した話になりやすいのではないかと思う。

逆に言うと、普通から逆算しないとN型化しやすいのではないかと私は思ってる。