進撃の巨人のリヴァイの通過儀礼について考えてみた

進撃の巨人のネタバレあります

リヴァイの「心臓を捧げよ」はケニーの「俺は人の親になれねぇよ」から親になるとはどういうことかを体現した言葉だと思う
進撃の巨人は名前付きのメインキャラでも物語の途中で当然のように命を落とす残酷な世界にも関わらずリヴァイが物語の最後まで生き残った理由について自分で勝手に考えてみたら、リヴァイがメタ的には「通過儀礼を受ける前と受けた後の生き方の変化を体現しなければいけないキャラだから」じゃないかと私は思ってる。

リヴァイにとっての通過儀礼は「なんで俺の前から去って行った?」と聞いた後ケニーに「俺は人の親にはなれねぇよ」と言われることで、ケニーだけでなくリヴァイ自身も「人の親になるとはどういうことか」について本気で考えたから、その後のストーリーでリヴァイは今まで仲間に対して絶対に言わなかった「心臓を捧げよ」をハンジに対して言えるようになったんだと私は勝手に思ってる。