成人後発覚した発達障害者(グレーゾーン含む)に日本が冷たいのは「ほっといたらどうせ死ぬ」と思ってるからでしょ?

いつもお世話になってます、xsakiです。
今回はどうして発達障害者(グレーゾーン含む)や毒親育ちの人が救われないかを考えてみました。

 

恵まれた環境で育った人には、生きる気力が削がれた人の気持ちはわからない
単純に考えて、もう手遅れである可能性が高い大人の発達障害者を支援するより、療育すれば社会に適合できる可能性のある子供たちを教育した方がコスパがいいんだと思います。
わたしの場合、発達グレーゾーン以上に毒親育ちの影響の方が大きいのかもしれません。子供の頃から「早くして!」「「早くして!」と母親にまくし立てられ、お正月の書き初めコンクールに参加すれば、「こんな下手くそな字書くんなら最初から参加するな」と罵倒され、図工の時間に作った粘土細工は捨てられ(粘土は本当にヘタだったから仕方なかった)たりしました。
自分には価値があるといった発想もなかったので、ちょっとガツンと言われた位ですぐに落ち込むような人間になってしまいました。子供の頃から母親にボコボコに言われて生きてきたので、「ガツンと言われる」「その日機嫌の悪い人に八つ当たりされる」といったほんのささいなよくあることにすらいちいち反応してしまいます。
小学生のときにはガーガーうるさい母親を見て、「大人って子供にいばれるからうらやましい」と思ったことがあります(今は思っていません)。
家の中で心安まる場所がないから中学生の頃は毎日イライラしてて、同級生に「なんで怒ってるの?」と言われたこともありました。
高校生のときは、なぜか「ギターを習え」と言われた記憶があります(習いには行ってない)。ギターに関しては、母がわたしの人生を使って習い事のやり直しをしようとしたのだと思います。


毒親を生み出さない構造って難しい、でも毒親の絶対数を減らしたい
毒親スレで、「本当に子供がほしい人にはできなくて、毒親のところには子供がボコボコ生まれるよね」という意見があった。すぐに妊娠できた人と不妊の人に因果関係はないからこれはこじつけなんだけど、毒親に子供が多い理由は若いうちに結婚するから。
日本の毒親には「なるべく若いうちに子供を産むのがステータス」という発想がこびりついているだと思う。
「遊びたい盛りの時期を我慢して結婚して子供産んだアタシ超エラい」という価値観を信仰し、自分が親にされたことをそのままやってしまうのかもしれない。

虐待の話でも「なぜ連鎖を断ち切れないのか?」という永遠のテーマがあるけど、毒親の行動原理もこれと同じで、「自分が受けた理不尽を子供にやり返す」ことで自分(毒親)の経験に対する辻褄を合わせようとしているのだと思う(もちろん合うはずもない)。


まとめ
恵まれた環境で生きてこられた人がその事実を隠して「オレは苦労してきた」というのは、絶望的な環境で生きた人に対する冒涜だと思います。
あと、社会的地位や学歴や年収関係なく自分には価値があると思える人は、自分どれだけ恵まれているのか自覚してほしいです。
そしてそれは、加藤浩次じゃないけど「当たり前じゃねーからな!」です!

おわりっ!