読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

診療情報管理士を辞めた2つの要因

  賽の河原のイラスト

いつもお世話になっています、xsakiです。
今回は辞めてからだいぶ経つのですが、改めて診療情報管理士退職のきっかけと流れを書こうと思います。

 

f:id:xsaki:20170414195640p:plain
↑ これは前職場に持参した、ICD-10の内容例示表(2巻)と索引表(3  巻)です。


職場と働いた期間
比較的若い世代が多い病院に、わたしは医事課の診療情報管理士として新卒で採用されました。

その後、受診した心療内科自閉症スペクトラム疑いと言われたのをきっかけに約半年で退職しています。

医療事務の同期の人はいたのですが、みんな受付・会計などの業務担当だったので別の部署にいて、同期の人と関わることはほとんどありませんでした。

ちなみに、診療情報管理室のメンバーで飲み会に行ったことは一度もなかったです。


2人の先輩
わたしには診療情報管理士の業務に携わる、20代後半の女性の先輩が2人いました。

1人はわたしの教育係担当となった優しいAさんと、もう1人は細かいところによく気の付くBさんです。

AさんとBさんは同い年なのですが、入職したタイミングがBさんの方が早いので、BさんはAさんを呼び捨て、AさんはBさんをさん付けで呼んでいます。

運よくAさんが教育係だったからわたしは医療事務が約半年続いたのですが、Bさんが担当だったらたぶん2ヶ月もたなかったと思います。
理由は後述します。


業務内容
診療情報管理士としての業務内容は日課として、診療情報管理室のメンバー全員が使うパソコンの電源入れとカバーを机の引き出しにしまうのと、事務室にある退院患者のボードの書き取り、入院時連絡表の入力、詳細不明の病名依頼、病棟の紙カルテの内容の写し書きです。

病名依頼の基準は、同じ詳細不明でも医師によって依頼する・しないが変わってくるので面倒でした。

他には毎月1日にレセプトを発行するため、夜10時まで残業するという慣習がありました。今でもその慣習があるのかはわかりません。

10時まで残業する日は、副理事長のご厚意で医事課職員の夜のお弁当代を出してもらい、残業代と帰りのタクシーのチケット代も病院から出たので金銭的にはブラックではなかったです。

あとは、毎朝Aさんに業務レポートを提出するのですが、夜10時まで残業した日に頭が回らなくてレポートが書けず、次の日に怒られたことがあります。


怒られ続ける毎日
入院時連絡表を抜け漏れなく入力するスピードが遅く、カルテの写し書きのスピードも遅い、しかもレセプトの適応病名を調べる作業が締め切りまで間に合わないといった惨状で、毎日目が回りそうな忙しさでした。


しかも仕事を辞めた後に判明したのですが、診療情報管理士の「診療記録を読み取り、経営を効率化させる」といった仕事内容そのものとわたしは相性が悪かったみたいです。

病院実習のときにも全然できてなかったのですが、カルテに医師や看護師のサインが記載されているか等の書類の不備を「探す」作業が死ぬほど苦手で、全然見つかりませんでした。

前職場では、連絡表を見ながらパソコンの画面に入力するのが遅すぎて、「わざと遅く入力してるの?」と言われたこともあります。

病院実習のときに診療情報管理士に向いてないことに気付ければよかったのですが、当時は「誰でも最初はできないのかな?」としか思えなかったです。

 

Bさんとも相性最悪
7月位からAさんが休みや出張で席を外している日が多くなったので、Bさんに連絡表の登録をチェックしてもらう日が増えました。

わたしは細かいところまでうるさいBさんのことがすごく苦手で、回覧を渡すときにBさんが席にいない隙を狙って置いていることもありました。

わたしが焦ってミスを連発したときには、冷めた目で「ないわー」って言われたこともあります。

Bさんに対して言い返しはしませんでしたが、「ないわー」のときはすごくイラっときました。


自分が悪い
「ないわー」とは別の話なんですが、Aさんに言われた通りにやって、Bさんにやり方違うと言われてビビってしまい、Bさんに謝ってしまったことがあります。

後でAさんに、「Bさんに違うって言われても「Aさんに言われてやりました」ってちゃんと言い返してね!」って怒られました。

正直、今一番反省していることは「的確に言い返せなかった」ことです。


年次至上主義
AさんとBさんは同い年なのですが、入職したタイミングがBさんの方が早いので、BさんはAさんを呼び捨て、AさんはBさんをさん付けで呼んでいます。

おそらく、Bさんが年次至上主義を採用したからこうなったのでしょうが、AさんとBさんはプライベートでも遊ぶ仲のようなので問題なさそうです。

しかし、AさんとBさんが仲良しなせいで、わたしは仕事の相談をするという発想が出てこなくなりました。


お子さんからの電話
診療情報管理室によくBさんのお子さんからの電話がかかってきたりもしました。

わたしは外線の電話を取ってなかったので、お子さんからの電話はAさんがよく取っていました。
Bさんが居ないときに限ってよく電話がかかってきたような気がします。

ちなみに、Bさんには旦那さんがいます


2人辞めた
ある先輩に診療情報管理室の過去の人間関係を質問したら教えてもらえたのですが、わたしが採用される前に診療情報管理士で採用された新卒の人が、それぞれ別々の年に2人いてBさんが教育係になりました。

Bさんは細かいところを指摘し怒るだけ怒って、いいところはしっかり褒めるなどのその後のフォローを何もしなかったそうです。

2人とも1年経たないうちに辞めてしまったと聞きました。

しかも、そのうち1人は職場に挨拶することさえできないほど弱ってしまったそうです。

この話を聞いたとき、わたしの教育係はAさんでよかったと心から思いました。


そして退職へ
仕事中に不注意が立て続けに起こり、自分は発達障害なのではないかと疑うようになりました。

ネットで発達障害の検索をしたところ、女性の発達障害は唯一投薬治療のできるADHDという種類が多いことがわかり、しだいに薬でなんとかなるものだと思い込んでいきます。

発達障害の検査ができる心療内科に自分で電話予約を取った後に、
「用事があるので指定休の日にちを変えてもらっていいですか?」と心療内科のことは伏せて先輩達にお願いし、指定休を心療内科の受診日に変更してもらいました。

そして、地方に住んでいる親に一緒に来てもらって心療内科を受診しました。


診察時に「ゲーム何時間もするの?」とずっとパソコンの方ばっかり見ながらしゃべり、わたしと向き合ってからは「ADHDだと思ったの?自閉症スペクトラム障害の可能性が高いよ。薬効かないから。後で検査の予約取ってね。」と言われてわたしは号泣し、診察が終わりました。

仕事は全然できない、発達障害かもしれないならもう仕事は続けられないと思い、その日のうちに退職届けを書いて上司に提出し仕事を辞めました。

親と一緒に実家に帰ったのですが、いろいろあり過ぎてその日の夜は全然寝付けませんでした。

そして、その後別の病院で発達障害の検査を受けたら、発達障害の診断は付かなかったです。

発達障害の検査結果について「心療内科に行ったときはうつ病になりかかってて、具合が悪かったから自閉症スペクトラム障害の可能性があると言われたんじゃないか。」という説明を受けました。

 
結局発達障害ではなく、仕事とBさんとの相性最悪だっただけですが、あのまま仕事を続けていたらうつ病が悪化して孤独死していたかもしれないので、辞めてよかったと心から思います。